字消板に学ぶ  



 仕事の手を休め、机の上を片付けています。気がつけば、図面、スケッチ、カタログ、メモなど紙の資料が山積み。「こんなに紙ばかり使って・・・」と思いつつ図面を書いているのですが、では、CADを設計作業の中心に据えている現在、紙の消費量は減ったのでしょうか。
 昨今、設計者と施工者の間でのデータ授受は電子メール経由で行う事が増え、送信者側の印刷の必要性は減ってきました。その一方、お客様に提示するプレゼンテーション資料、各役所・審査機関への申請書など、モノにして渡すべき情報は今もあります。しかも、その量は以前より多く、より高品質なものへと変化してきました。
 作り手の側も、品質確保、完璧なる仕上げを目指す意欲が沸いてきます。ちょっとした間違い、書き忘れであっても「修正→再印刷」という作業を繰り返してしまいます。手書きによる加筆・修正でも対応できるのでしょうが、先方に「手間を惜しんだね」と思われるのは、避けたい性分ゆえ・・・。
 この繰り返しは、「作業画面とアウトプット」の問題が大きいのだと思います。建築設計では、A1、A2などの大判用紙を使用する事が多いのですが、これを原寸大で見ようとしてもコンピュータのディスプレイからはみ出してしまいます。そのため、画面上で拡大・縮小・移動の操作を繰り返す必要があります。その間にまた別のチェックポイントを見つけ、結局「再印刷」という事になり、紙上でチェックを始めることもしばしば(というか頻繁に)あります。ここで、紙は一気に消費されます。
 この事態に歯止めをかけるため、私の事務所は、昨年から主要図面をA3サイズにしました。おかげで紙の使用量も少し減りました。ただ、手書きの時代に比べると、やはり紙の消費量は多いと思います。
 ところで、手書き図面全盛の時代、この修正作業になくてはならいのが字消板という製図用具でした。ステンレス製・名刺サイズのプレート・・・名前こそ「字消板」ですが、実際は線・画を消すために多用されるものです。CADでいうところの「伸縮・分割・連結」という機能は、この字消板が担ってきた機能を引き継いだものです。
 ただ、今になって思い返すのですが、この字消板 単なる修正道具ではないのです。使いこんでいくうちに、「消す」という行為が「描く」という行為と等価であると感じさせてくれるモノなのです。詰め込まれた場所から要素を減じたところに、粋(いき)と間(ま)を感じさせるモノ それが字消板です。なんと建築空間の思考にピッタリのモノではありませんか。
 久々に目に止まったところで・・・字消板 使ってみます。創作意欲が沸いて「暑い夏」になってしまうかもしれませんが(笑)。


■写真:その素晴らしさを再認識の「字消板」


(文:久保田正一